憲法に関するニュース


MSN産経ニュース

議席の33%を女性枠に インド上院、憲法改正案可決
朝日新聞
【ニューデリー=武石英史郎】インド上院は9日夜、下院と州議会の議席の33%を女性枠として確保する憲法改正案を賛成多数で可決した。長く虐げられてきた女性の地位向上につながると期待されている。 改正案には、女性の社会進出が特に遅れている低カースト層や ...
インド上院、女性議席枠定める憲法改正案めぐり紛糾CNN Japan
下院と州議会の議席の3分の1を女性に、印上院が憲法改正案可決AFPBB News
インド、憲法改正で女性議員の割合を「定数の33%」へMSN産経ニュース
47NEWS -中国国際放送
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MSN産経ニュース

ミャンマー、政党登録法を公表 スー・チー氏の政治参加が困難に
日本経済新聞
また政党活動には2008年制定の新憲法を順守するとの宣言文に署名が必要と定めた。さらに既存の政党には60日以内に再登録をするよう求め、守らねば解党を命じるとした。 同国は1948年の英国からの独立後の憲法で、外国人とつながりが深い者は議員に立候補できないと規定、 ...
スー・チーさん野党、迫られる総選挙参加判断読売新聞
ミャンマー:スーチーさんの活動困難に 政党登録法を公表毎日新聞
スー・チーさん、選挙参加できず 政党活動も禁止、ミャンマー47NEWS
AFPBB News -東京新聞
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日本経済新聞

日米密約:3密約確認 冷戦の遺物から脱皮を=編集局次長・小松浩
毎日新聞
戦後の日本は、戦争放棄の憲法9条に象徴される軽武装・平和国家路線を歩んできた。冷戦期にそれを可能にしたのが、日米安保だった。核持ち込み密約は、被爆国が核の傘に入る矛盾を覆い隠す装置として、初めから安保体制に組み込まれていたのである。 ...
非核と抑止力、どう両立=密約「清算」なお課題時事通信
「同盟の闇」動かぬ史実に 遅きに失したうその総括中国新聞
日米「密約」問題、長期の隠ぺいに「遺憾」 岡田外相AFPBB News
毎日新聞
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1票の格差:09年衆院選、また「違憲状態」 無効請求は棄却--高裁那覇支部判決
毎日新聞
河辺義典裁判長は2倍超の格差について「投票価値の平等を侵害している」と指摘する一方、最高裁が定数配分や区割りを合憲と判断していたことから「国会が憲法上要求される合理的な期間内に是正しなかったとは言えない」と述べた。原告は上告する方針。 ...
1票の格差、違憲状態=衆院定数訴訟で4例目-福岡高裁支部時事通信
1票の格差 沖縄1区「無効」棄却 福岡高裁那覇支部2010年3月10日琉球新報
衆院選一票の格差、2倍超は「違憲状態」 高裁那覇支部朝日新聞
読売新聞 -日本経済新聞 -MSN産経ニュース
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日本国憲法 起草者の映画上映
NHK
日本国憲法の「法の下の平等」の条文などを起草したGHQ=連合国軍総司令部の元スタッフのオーストリア人女性を描いた映画の上映会が9日、ロンドンで本人も招いて行われ、参加した人たちは、憲法の制定が日本の女性の地位の向上につながっていった歴史に興味深く見入っ ...

憲法関連エントリー

倒置的憲法論 51(人は見たいものしかみない

... 「会議録」を熟読すると「改正帝国憲法」(日本国憲法)制定過程で「帝国憲法第七十三条」「陸戦条約第四十三条」に抵触するのではとの議論がありましたが、いずれも「所定の手続き」経ているので「公布は帝国憲法に違憲ではない。 あくまでも「日本国憲法 ...

倒置的憲法論 51(人は見たいものしかみない

<衆院選>現憲法下で最長「40日間」…解散から投票日まで

... 現憲法下では1949年の第24回から数えて22回目となる。解散から投票日までの期間が憲法の規定いっぱいの40日間となるのは戦後初めて。 麻生太郎首相が解散を先送りしてきた結果、異例ともいえる真夏の選挙戦となった。 ...

<衆院選>現憲法下で最長「40日間」…解散から投票日まで

倒置的憲法論 50(人は見たいものしか見ない

... 憲法に当たるのはポツダム宣言。最高司令官の指令、ポツダム勅令、ポツダム政令というのが管理法規(占領法規)。 占領法規と憲法法規 が二本立てになり存在していた。 ○憲法制定をめぐる説は三つ。 一つは、日本国憲法はマッカーサーが ...

倒置的憲法論 50(人は見たいものしか見ない

「正面から我を通す」イスラエル&北朝鮮と「欺瞞憲法を後生 ...

... マック偽憲法を捨てられず、与党内にすらシナの工作員がいる、そんな日本人は、アメリカ軍の対等の同盟者になるどころか、いつF-22から得た秘密技術を国産武器に転用してその日本製武器をシナやら韓国やらどこやらに輸出し始めるかわかっ ...

「正面から我を通す」イスラエル&北朝鮮と「欺瞞憲法を後生 ...

「幸福実現党」の憲法改正案を読んでの「?」

... 第十五条の 「 本憲法により、旧憲法を廃止する。本憲法は大統領の同意のもと、国会の総議員の過半数以上の提案を経て、国民投票で改正される。」 のところ。 この「改正」というのは、1946年憲法→「本憲法」という意味なのだろうか? となると ...

「幸福実現党」の憲法改正案を読んでの「?」

憲法旅行記

タイ ロイカトーンと山岳民族に出会う旅(by きよすけさん)

憲法
タイのロイカトーンというお祭りを見に行きました。

ロイカトーンは、12月の満月の日に、
蓮の花をかたどった美しい灯篭を川に浮かべるお祭り。
コムファイという小さな熱気球も飛ばします。

夜空に浮かぶコムファイと、川に流れる灯篭は
とても幻想的で、すばらしい日に行けたことがうれしかったです。


【言語】タイ語
【通貨単位】バーツ/サタン(1バーツ=2.8円)
【時差】-2時間
【渡航時間】成田-バンコク(CHINA AIRLINE)約7時間(台北経由)
【ベストシーズン】11月~2月

【祝祭日】
1月1日 お正月
2月中旬から2月下旬*  マカブーチャ(万仏祭)
4月6日 チャクリー記念日
4月13~15日 ソンクラーン(掛祭り:タイ旧正月)
5月5日 戴冠記念日
5月*  農耕祭
5月*  ヴィサカブーチャ(仏誕節)
7月*  アサハブーチャ(三宝節)
7月*  カオパンサー(入安居)
8月12日 王妃誕生日
10月23日 チュラロンコン大王記念日
12月5日 国王誕生日
12月10日 憲法記念日
12月31日 大晦日
 *移動祝祭日

【旅行時期】2006/11/21~2006/11/27
【エリア】チェンマイ
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】きよすけ

神秘の王国ブータンの旅No9・・・纏め(by 早島 潮さん)

憲法
平成21年6月20日(土)
 8日間のブータンの旅
  • http://www.saiyu.co.jp/itinerary/GBBT12/#dep_date_price

  • を終えて、鶴見の自宅に辿りついたのは午前11時であった。早速写真の整理から始めようと思ったが録画済みのビデオテープを託送荷物の中に格納したので配達される明日にならなければテープを再生して人名や建物名等の事実関係を確認出来ない。

     史跡や訪問先の静止画像の説明や感想はバックデイトしながらゆっくりと時系列に沿って記述していくこととし、今日のところは取り急ぎ記憶の薄れないうちに旅の全体的な印象を纏めておこう。                                     
    ウイキペデイアに前国王の人柄を説明した以下の一節がある。

    また2009.6.5付けの産経抄にはブータンの雷龍王3世のことが以下の如く紹介されている。

    以下ウイキペデイアからの引用
  • http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%B3#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.96.A2.E4.BF.82


  • 1989年2月24日、34歳のジグミ・シンゲ・ワンチュク国王が昭和天皇の大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で、数人の供を連れて来日した。他の国の首脳の多くが、日本から経済的な協力を得るために葬儀の前後に日本政府首脳と会談した。しかし、ブータン国王はこうした「弔問外交」を行わず、大喪の礼に出席して帰国した。新聞記者が理由を尋ねると、国王は「日本国天皇への弔意を示しに来たのであって、日本に金を無心しに来たのではありません」と答えた。一方、日本政府はブータンの正装である「刀」を銃刀法違反として預かったため、国王は丸腰のまま葬儀に列席した。ブータン国民は、平民のような姿にされた国王の姿を見て嘆き悲しんだ。 引用終り。                                              
    以下産経抄からの引用
  • http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090605/kor0906050308000-n1.htm

  • 23年間にわたって発展途上国の経済開発をサポートしてきた、西水美恵子・前世界銀行副総裁は、数えきれないほどのリーダーと出会ってきた。その西水さんをして、「とことんほれた」と言わしめたのが、ヒマラヤの小さな王国、ブータンの雷龍王3世だ。
     ▼1952年に王位に就くと、翌年に国会を設立するなど、政治改革に取り組んだほか、農奴を解放し、長かった鎖国を解いた。44歳という早世が惜しまれる。弱冠16歳で後を継いだ4世は、国民総幸福(GNH)という理念を打ち出したことで知られる。
     ▼初めて外国紙のインタビューを受けたとき、国民総生産(GNP)よりGNHの方が大切だと、語呂合わせをしたら、定着してしまった。4世は笑いながら、西水さんにそう打ち明けたという(『国をつくるという仕事』英治出版)。
     ▼国民の大多数が王制の存続を望んでいるというのに、4世は民主化をさらに推し進めた。行政権を手放して、首相職を置き、初の総選挙を成功させ、成文憲法の制定へと導いた。何より国民を驚かしたのが、3年前に突然、26歳の皇太子に王位を譲ったことだった。   引用終わり                                
    上記二つの引用を踏まえて、筆者の印象を一言に纏めれば、国民総幸福量という指導理念を持つ賢明な国王に統率されて、自立の精神を持った誇り高い国民が伝統と自然を守りながら平和に暮らしているのがブータンという国なのだということである。


    そのことを具体的に説明すれば管見ながら旅行中筆者が至るところで目撃した以下の事象である。                                                 
    1.物乞いがいない。                         
    2.商品の押し売りがない。                                   
    3.人物の写真撮影に気持ちよく応じてくれる。中国やインドなどではしつこくチップを要求されて辟易させられるがそれがない。 

    4.国王を国民が敬愛している様子が随所に窺える。                        
    5.ゾーンには敬虔な信者達が参集し、或いはマニ車を廻しながら、或いは五体投地しながら仏陀に敬虔な祈りを捧げている。

    6.ゾーンには6歳以上の僧侶が多数住み込んで修業している。                   
    7.大人と学童とを問わず民族衣装を愛用している。                        
    8.交通信号がない。首都のテインプーにさえ信号器がない。               
    9.田植え風景は一族総出の共同作業であり日本の昭和20年代まで見られた農作業の原景が残っている。

    10.インドから多くのインド人が出稼ぎに来ている。

    11.野良犬が大切されているので安心しきって至るところで腹を見せながら昼寝している。

    【旅行時期】2009/06/13~2009/06/20
    【エリア】パロ
    【テーマ】
    【投稿者】早島 潮

    混迷の昆明 「老街再開発地域をゆく」の巻(by 山菜迷人さん)

    憲法
    ○プロローグ
     「今日は、何日ですかね?」
     「うーん・・・5月3日ですね。」そんな会話で一日の幕が開けた。昨日は、中国の伝統的なお酒、白酒に撃沈された僕は、二日酔いの頭を振りながら目覚めたのだった。
     白酒は、中国語ではパイチュウと読む。最初のパは、少しバの要素が含まれた発音なんだけど、この酒は、穀物を原料とする蒸留酒で、主原料から高粱酒(カオリャンチュウ)とも呼ばれる。
    まず、大麦や小麦、エンドウなどを砕いたものに水を入れて混ぜ、煉瓦の形に整え暖かい部屋に放置し、クモノス黴や酵母、乳酸菌などを増殖さて餅麹をつくる。餅麹は日本酒の醸造に用いられる撒麹(ばらこうじ)と異なり、糖化だけでなくアルコール発酵を行う微生物も含んでいる。したがって、このままの固体の状態でアルコールを含んだ醪となるのだ。すごいだろう。何が??
     次に、蒸した高粱に餅麹を混ぜ、地面に掘った「発酵窖(はっこうこう)」と呼ばれる穴の中に入れて土をかぶせ、土の中で発酵させる。発酵窖には酵母などの有益な細菌類が多数繁殖しており、長い年月を経た老窖が珍重されるという。
     数週間後に仕込んだ材料を掘り出し、蒸気を通しやすくする籾殻や落花生の殻を混ぜて蒸留する。これと同時に、材料の高粱も同じ甑(こしき)で蒸される。蒸留し終えた原料に再び麹を混ぜ、仕込みを数回繰り返す。蒸留によって集められた液体は瓶に入れられ長期間熟成されるのである。
     白酒は「薫り高い」と評されるが、低分子カルボン酸のため、良い香りというより「臭い」。時に腐敗臭に感じられる場合もあり、栓を開けるとその匂いが周囲に漂う。最初は嫌な匂いかな?と思うのだけれど、飲んでいるうちに悪くないと思えるようになるから不思議だ。ただし、飲み過ぎると次の日、自分の身体から白酒の匂いが漂ってくるのが自分でもわかる。
    「ウェ。気持ち悪い。飲み過ぎですね。」
    「当たり前ですよ。ピッチが速かったですから。」
    「Oさんが、日本酒の達人だなんて紹介してくれるもんだから、ちょっと頑張っちゃいましたね・・・。」
     ホテルの朝食は、昨日とほとんど同じ。過橋米線を少し食べる。二日酔いで食欲がない。

    1.温泉魚にお世話になる
     宿泊したホテルの近く、タクシーで10分ほどのところに温泉があり、午前中はそこでゆっくり過ごした。湯の温度が違ったり、効能が違う露天風呂が並ぶ施設なのだけれど、特に気に入ったのは、温泉魚!!ぬるい温泉で2~3センチの温泉魚(またの名をドクターフィッシュ!)が群れをなして泳いでいる。そこに人が入っていくと・・・最初は恐るおそるという感じなのだけれど、あっというまに群れをなして皮膚の表面を甘噛みしてくれるのである。慣れるまではくすぐったくて仕方がないのだけれど、5分も笑いをこらえているとくすぐったさが消え、だんだん気持ち良くなってくるから不思議だ。
     まずは足の裏や指の間に群がる。Oさんは水虫らしく足の皮膚がカサカサしているのだけど、それこそ片足100匹くらいの魚が、それをついばんでいる。そのついばむ際の小刻みな刺激が皮膚の新陳代謝を促進させる効果がありそうだ。もちろん傷んだ皮膚をついばんでくれることで、皮膚病そのものにも効くだろうしね。この魚は、ドクターフィッシュと呼ばれているけれど、学名は、ガラ・ルファといい、コイ科の淡水魚。警戒心のない生後2年余くらいまで人の皮膚をついばむそうだけれど、成長すると人には近づいてこないそうで、体長は14cmほどにまでなる。水温20~37℃の間が彼らの好む温度帯で、ぬるい温泉の中が、最も過ごしやすい場所なのである。
     僕に、Oさん、中国人の僕くらいの年輩のご夫婦と、30代と思しき女性、Oさんの隣は70歳くらいのご夫婦と孫かな。8人ほどが、30センチ程の浅い湯に寝そべって、魚たちにつつかれている図は何だか面白い。魚たちは食べやすい状態の皮膚を探しているだけなんだけれど、臍の中とか、髭とか、湯につかっている部分ならところかまわずつついてくる。もちろん水着は着ているのだけれど、そんなところをつつかれたら・・・と、見ているこちらが気になって仕方ない。と言ってるそばから僕の乳首も標的にされた。痛いような、気持ち良いような・・・こればかりは体験してみないとわからないだろうな。

    2.老街地域の再開発の現場
     2時間ほど温泉に入り、温泉魚のおかげもあって一皮むけた感じで、旅の目的の一つであったOさんが出す店が入る予定の場所を見に行くことになった。
     ここでちょっとお勉強タイム。中国の土地所有制について若干書いておきたい。土地所有についての理解抜きに、中国で起こっていることを理解するのは難しいと思うからである。
    (1)中国の土地所有制度の概要
     中国の憲法第10条は、「都市部の土地は、国家所有に属する。農村及び都市郊外区域の土地は、法律により国家所有に属すると定めるものを除いて、集団所有に属する。」と定めている。これを読むと、あらためて中国という国が社会主義の国であることに気づかされるのである。土地は、国または労働者の集団所有ということになっているのだ。
     1978年に始まった改革開放政策によって、市場経済が導入されると、土地の国家所有・集団所有という制度は市場経済の発展を阻害するものとなった。そして、1988年の土地管理法の改正によって所有権と使用権の「分離」を認める土地使用権制度が設けられることになった。
     こうして、例えば、住宅用地ならば70年、工業用地ならば50年というような具合に用途別に使用権を払い下げる最長期間が定められることになった。
     ということで、中国では土地は国または集団の所有物であり、期間の定められた契約によって使用権を手にしているのだということがわかる。つまり例えば中国でマンションを買うとしよう。その取引によって僕が手にするのは、一定期間その部屋を借りて居住する権利なのである。
    (2)再開発と立ち退き
     したがって、昆明の古い町を再開発しようということなった場合、その再開発計画は国の定めるものなので、居住し、あるいは商売をしている人に、契約よりも早く出て行ってもらうため、いわゆる立ち退き料的なものを支払ったり、あるいは引っ越し先の用意などは国がするのだが、土地は国有でありいずれにしても住人は出ていかなければならないのだ。
     最近は、この土地をめぐって住民と地方政府などとの間で紛争が起こり、暴動が勃発するといった事件も起こっている。背景には土地の利権が存在しているようで、汚職の国、賄賂の国、正義が金で買える国など中国の別の顔が見えてくる。昨年秋、1億円の収賄で元北京市長に死刑判決が出されたことが記憶に新しい。
     この昆明市老街再開発計画にも水面下では何か大きな陰謀が動いているのかもしれないが、そんなことは知る由もない。

    3.経済成長の原動力は何だ??
     写真を見てもらうとわかるとおり、すでに、道路は掘り起こされ、建物の取り壊しが始まっている傍で、まだ、商売を続け、生活を営む人たちが存在するのだ。掘り返され、工事、といっても重機が入ってガンガン工事をするという感じではなくて、人力で解体工事が進んでいるのだ。
     わずかな商品を並べ店番をする人、扉は閉じられているけれど、営業が続いているように見える薬局、洗濯物が干され、2階のベランダに植木鉢が見える。諦め顔で腹這っている番犬、建物が残るすぐ裏手では、地下2階建の建物が入る地下部分の工事が進み、建物のすぐ傍まで深く広く地面が掘られている。
     「行き先がまだ決まっていないのと、立ち退き料を釣り上げようという人が残っているだけで、多くは立ち退きが済んでいるんです。」というのだが、この先、彼らに安住の地は訪れるのか??
    中国の再開発の現場で起こっていることを生に見ることができて良かった。Oさんの店が入るビルは、残念ながらまだ形が見えなかったが、中国の土地所有の現状と汚職の温床となる土地管理の問題、権力争いと汚職に対する厳罰主義(死刑)の問題など、世界経済をけん引する中国が、様々な前近代的問題を内包していることを具体的に見ることができた。そして、その矛盾がもしかした中国の経済成長の原動力となっているのかもしれないという思いが、この旅で得た僕の一つの成果であった。

    (「石林を行く」の巻に続く)

    【旅行時期】2009/05/01~2009/05/06
    【エリア】昆明
    【テーマ】ひとり旅
    【投稿者】山菜迷人

    心の安らぎ旅行(2009年♪ワイマール/Weimar)(by とんちゃん健康一番さん)

    憲法
    2009年5月8日(金)アイゼナハの街を散策した後、ワイマールに足を運んでみました。ガイド本によるとワイマールは18世紀にヨーロッパ文芸の一大エポックを築いた街のようです。ゲーテを中心に文学、音楽、造形美術学校の偉人達が画期的な芸術職業学校バウハウスやリスト音楽院が生まれたようです。1919年自由な精神を尊ぶ気風がドイツ初の民主主義憲法『ワイマール憲法』を制定させました。ドイツ・クラッシック文化が花開いた街ワイマール♪ワイマール公国のカール・アウグスト公に招かれて1775年にマイマールの街に来たゲーテは26歳だったようです。それ以来82歳で亡くなるまでワイマールで過ごしたようです。

    <移動手段 DB>
    アイゼナハ12:07発 ワイマール12:50着

    【旅行時期】2009/05/08~2009/05/08
    【エリア】ワイマール
    【テーマ】
    【投稿者】とんちゃん健康一番

    磨刀石・東寧・虎頭の戦跡を訪ねる。旅立ち前(by 明石DSさん)

    憲法
    2009年5月16日、10:08:50

    東寧・勝鬨山要塞、昭和20年8月26日
    関東軍河野参謀の来訪を受け、投降勧告を受諾す


    戦跡巡りへの想い

    日露戦争に従軍した祖父の行軍軌跡を訪ねて満洲を旅して以来、戦跡に興味を持ちだした。そして、戦跡を調べても調べても次々と新たな戦跡の発見につながり、その都度、あまりに無知であったことに愕然とする。

    戦後、米国の占領下で作成された憲法を、訳文によって日本国憲法とし、昭和26年の主権回復後も何の因果か廃棄も出来ず、ひたすら護持している姿は愚かとしか言いようが無い。

    そして戦後に出版される戦記本の多くは自虐史観こそが善であるかのような世相を背景に、書き手である戦後の歴史家・作家はもとより、元兵士でさえも戦友の霊を弔うと言いつつ自らは戦争と一線を画し、先の戦争を非難し軍部中枢の責任を糾弾する。其の姿はあまりに卑怯で見苦しい。

    当時は覇権主義全盛の時代であり、欧米列強により世界の後進国家は次々と植民地化されていった。アジア諸国も例外ではなく、そのほとんどが列強の足下に牛耳られた。

    我が先人たちは、日本の独立を保ち、且つ、列強に伍する“一等国”の仲間に入る為に国家国民一丸となり国力の向上を目指した。そんな時代背景の中での資源無き日本の当然とも言える海外進出であり、台湾・朝鮮半島の併合、満州国の建国であった。

    関東軍主導による日本の満州国建国も、当時の世界情勢の中では何ら非難されることではないと思っている。それは強国に進出をされた側にも同じである。

    「満洲は今も満洲だ」

    当時は先進覇権国家が途上国を植民地化し、そこで強国は益々覇権を拡大し更なる強国を目指す。そして例え、今となっては方便でしかなくとも先進国家による植民地化によって後進国の生活レベルの向上に寄与するという大義名分がまかり通っていた。

    只、そんな状況の当時と言えど、やはり領土の拡張、植民地の収奪は互いの覇権国家間の利害が絡み、非難、牽制されるのは止む終えない。それだけのことであり、それ以上の是非はない。それが当時の世界の紛れの無い現実である。

    そして、そんな経過を経て、日本が大東亜戦争に突き進んで行く。その要因を、私は白人種の深層心理にある消すことの出来ない人種偏見だと思っている。

    白人列強国家のみが世界を牛耳って来た時代に、明治維新以来突如として現れた有色人種である日本の急激な台頭に白人列強国家は、暗黙の了解であるかのように日本をジリジリ追い詰めて行った。同盟国、ドイツ、イタリア人といえど深層心理は同様だと思う。

    その筆頭がルーズベルト米国大統領だ。「黄禍論」に根ざす日本への嫌悪感と米国の中国大陸進出の野望が重なり、自分たちの血塗られた侵略の歴史を棚に上げ、満洲建国への非難、そして日本への経済封鎖となり、最後には日本の独立国家としての存在と誇りと名誉に掛けても受け入れることの出来ない“ハル・ノート”を日本に突きつけた。

    今尚、大東亜戦争の開戦に非を唱える日本人に問う。

    それでは、あの時、日本はどうすれば良かったのか?

    開戦に踏み切る以外にベターな選択があったというなら教えてくれ。

    どうすれば当時日本の独立を守ることが出来たのか?

    そして、そのことで今より良い世界が開けたと思うのか?

    その明確なる信念・根拠があってこそ先の開戦の非を唱える資格がある。ただ感情的に戦争を悪として開戦に踏み切った先人の行為を批判非難することは、散華された英霊の御霊(みたま)に対しても許されることではない。

    特に生き残った元日本軍兵士及び戦後メディア、知識人?文化人?なる日本人の奇麗事には虫唾が走る。戦争の中を生きた立派な日本人の多くは戦死した。或いは責任をとり見事に自決した。

    戦跡を訪ねる旅をしだして戦記本を読む機会が増えた。

    しかしながら戦記や戦争物と言われる本は、欺瞞と自虐の精神で先人を辱め自らの立場を戦後の風潮に媚、守ることに汲々とした卑怯者たちが書く読むに耐えない物がほとんどだ。

    中には自分の射撃の下手なことをあげて「そのお蔭で敵を殺すことが出来なかった・・・」と、それを「自らの善行」と言わんばかりに自慢げに書く元兵士の手記(Web上で公表)もある。

    「敵を殺すことが出来なかった」ということは「戦友を自らの手で殺した」と同義であることさえ認識できない。その元兵士は今もって想像力も欠如し、更に最大の不幸は“恥知らず”であることだ。

    こんな内容の本が戦後の日本に出版され、評価を得てきた事が今の腐った日本を象徴している。

    「自分の国は自分で守る」

    国家として、国民として、自国の安全保障を米国に委ね、人間として、いや動物としての最低の責任さえ放棄し、経済的豊かさだけに価値を求めてきた戦後の日本国と日本人。

    その腐り切った“恥知らず”を、認めたくないばかりに戦争を悪とし、先人の英雄的奮戦を覆い隠す。或いは言葉巧みに過小評価する。

    私は腐った国家の紛れも無い国民の一人であり、その腐らせた責任は等分にある。しかし、先人達の英雄的奮戦には万感の敬意を表し、我が民族の永久(とわ)の誇りとする。

    我、満洲の戦跡を訪れ、佇み、感謝とお詫びをし、ご冥福を祈る。


    皇紀2669年/平成21年6月11日(木).Age58(記)







    【旅行時期】2009/05/12~2009/05/23
    【エリア】中国
    【テーマ】
    【投稿者】明石DS

    憲法の画像